歌うように、心躍るように

ぼくが中学生の時の音楽の先生は、音楽室の教室の壁に「一期一会」と言う文字の書かれた額をかけていました。どんな出会いも一生に一度なんだと思って人と接しなさい。そう教えてくれました。当時はまだたぶん30歳くらいの若い先生でしたが、額から頭頂部にかけて禿げ上がっていたので、自分で「ハンサムだ(半分寒い)」と言っていました。

高校の音楽の先生は、歌は「訴える」という言葉に通じる「うったう」んだと口癖のように言っていました。心の中に訴えるものがあるから、歌が生まれるんだということを教えてくれました。ぼくと同じ地域に住む先生は、ある時、学校の帰り、汽車待ちのぼくを誘って、中華料理をごちそうしてくれました。先生の目を盗んで、こっそりコップの中の白い泡の出る黄色い液体をひとくち飲んでみましたが、とても苦くてまずかったのを覚えています。ビールは今ではよく飲みます。

「うた」と読む漢字は他にもたくさんあります。ekuboさんは、ぼくに鳥は謳うんだよと教えてくれました。「謳」という漢字には「多くの人々が褒め称える」という意味があるそうです。なるほどなと思いました。春の鳥が謳う声は、明るく楽しそうに聞こえます。そう思えば、自然に鳥の声を聞いたとき、感謝の気持ちが湧き上がります。ありがとう。

「詠唱」の「詠」という文字も「うた」と読めます。そういう名前で、いい声で歌う、とても歌のうまい女の子がいました。ずっとずっと今でも歌っていると思います。

心が動いたとき、伝えたい気持ちがあるとき、人は歌を歌います。

そういう意味では、ぼくがここに文章を書くのも、メロディやリズムはないけれども、歌なのかもしれません。

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